創作(想像)と現実の区別はつく……という人たちがいますが、それは『あなたの脳が成長して情報をより分けることが出来るようになったから』です。
そして、基本的に人間の脳には『現実と想像の区別は曖昧で明確な区別は難しい』です。
現代では神話は『物語(想像)』として、語られることが多いですが、全てが物語(実際にはなかったこと)かと言われると誰にも分かりません。一部分は『事実を元に』した可能性は残されてますが、それを確かめる術がないからです。そして、それが事実であっても想像であっても現代においては何の問題もありません。
同じように今の私たちの現実は未来の人にとっては『物語(想像)』でしかありません。歴史が『事実』であったのか、『強者が語る物語』であったのかは歴史家たちが研究し続けているでしょうが、一般の人には関係がないのと同じです。
私たちの言う『現実』は、それが『今の自分とどう関わるのか』で情報処理されていて、関わりの小さい情報は『創作』として排出されていきます。それが良いか悪いかは別にして、脳はそう判断しているということです。自分の身の回りに必要な情報を『現実』と認識しようとしている。それが『現実』です。
ですが、子どもの脳はまだ『現実と想像の区別』は付きません。
『中二病』は『現実と想像の間』にいる時期に起こる現象です。中二病とは『思春期の少年が行いがちな自己愛に満ちた空想や嗜好などに対する蔑称』(……蔑称なのか。面白いネーミングだなと思ってた。そして、成長段階としては的を射ている)のようです。
これらの自己愛も発達段階としては正常です。自分と他者の姿がそれまでよりもはっきり見え始め、『自分』と『他人』の境界が付き始めるころに、それに戸惑い起きてしまう事象のようです。
つまり、14歳ぐらいまではまだ、『自分と他人』の境界が曖昧で、『現実と想像』も混ざり合った世界に居るということです。実際には小学校に入る頃からこの境界は徐々に作られてくるらしいですが、それがより強固にはっきりとしてくるのが14歳ぐらいということのようです。この辺りは個人差もあると思うので、絶対にこの年齢というわけでもありません。(多分私は永遠に『現実と想像の間』にいる自覚はある。『間』にいるから、こんなのを書いている)
さて、この時期を抜けると、次は『他人は何を考えているのか』という観察が必要になります。『他人は自分とは違う』のだから、『違うのはどの部分か』を考える必要があります。それらと折り合いを付けながら『社会の中で生きるために必要な情報』を現実としてより分けます。
現実は最初から『現実』としてあったわけではありません。沢山の情報獲得の中から、『おそらくこれは現実(自分にとって重要な情報)』だろうというものを抜き出したものが『現実』として、認識されているだけです。
さらに言えば、ここから『記憶』というものを考えると、現実を全て記憶することは不可能であり、記憶もまた別の情報によって塗り替えられてしまうのです。
ですが、人間社会はそうやって『情報を塗り替えて人間関係を築く』ことで社会を発達させてきた動物です。言葉の発達が情報の塗り替えに役立ってきたのです。動物の大半はそれを『遺伝子に組み込んだ情報』として残しますが人間は言葉で情報として伝えたために、『現実と想像(言語・絵による伝達)』の区別は付かなくなってしまってるようです。
また、経験による知識だけではなく、知識だけの知識を持つのも人間の特徴です。他の動物は経験のない知識は持つことが出来ません。
今のところ、人間だけが『物語』を持っているのですが、人間はそれを現実と想像に分ける術を持ち得てません。この先も分けることはできないと思います。分けることが出来るのは『自分が経験した出来事とそうではない事』だけです。
だから『想像と現実の区別がつく』という人たちは、『自分の経験とそうではない出来事の区別』をしているだけです。
または『それまで見聞きした社会ルールを理解している』という事を『想像と現実の区別』と言っている場合もあります。社会ルールは社会が変われば変わっていく……という現実があります。
このような『想像と現実の区別』の議論は、不毛だなと思って眺めてしまいます。
参考書籍:「ヒトは<家畜化>して進化した 私たちはなぜ寛容で残酷な生き物になったのか 著:ブライアン・ヘア ヴァネッサ・ウッズ 訳:藤原多伽夫」
《《創作小説ゾーニング目次》》